海月たゆたう

生活にポッカリ穴が開いてしまってどのくらい経っただろう。もう喪失した空白の形すら思い出せないなあ。あれだけ読み込んだ本の一節さえ、いとも簡単にバラバラになって色を失ってゆくんだね。ねえ君は覚えていますか?

色とりどりの錠剤が胃に溶けて身体中を駆け巡っていくその様子を綺麗だと思う。色んな引き出しを開けたり閉めたりして正しい場所に導いてくれようとするけれど、それでも相変わらず騒がしい夜がある。そんな時は自分の中がぐちゃぐちゃになるのがわかるんだ。意識がベットに沈み込んだ肉体をすり抜けふわふわと部屋の中をさまよっていて、なんだか透明な海月になったみたいな気分。離脱した海月は暗い水槽のその外へ意識を滑らせて都市を彷徨いはじめる。

公園が見える。

陽炎立ち昇る日向に規則正しく揺れるブランコ。どこかの家から風鈴の透明な音色が聞こえてくる。どうやら季節は夏みたい。緑の葉を携えた木立が吹き抜ける風になびいて影の形が絶えず変化している。その下で談笑する母親たち。虫たちの魂の震えに掻き消されて会話の内容までは届かない。噴水で遊ぶ子供たち。水しぶきに光が乱反射して幻みたいな景色を作り出す。言葉にならない声で約束を交わしている。明日も晴れると信じて疑わないその強さ、かつては僕にもあっただろうか。

夕立の中 一緒にずぶ濡れになって走った君たちは傘を手に入れたんだね 共にそこに 行けたかもしれなかったその場所で きっと輝くのだろう せめて 正しい笑い方を忘れてしまった僕の 笑っていた思い出だけ一緒に連れて行ってください。

震えるように絞り出した声は誰にも届くことなく海月は泡沫に消えていく。