1日目:百代の過客

8月26日の早朝、僕は東京駅にいた。解体した愛車MERIDA150を入れた大きな輪行バッグを抱えて周りの人に最大限気を遣いながら駅構内を歩く。速く走る事に特化した夢のマシンも解体してしまえば運びづらいだけの巨大な荷物だ。人の邪魔にならないようにわざわざ始発電車で来たというのにそこそこ人は多い。ここにいる人間は誰も僕が本州縦断を目論んでいるなんて事を知らない。ただ大きな荷物を抱えた若者に対する周囲の目は優しいものではなく、僕の体はほんの少しだけ小さくなっていた。

 

新青森駅までの切符を買って新幹線を待つ。ここでもまたマシンが周囲の人の邪魔にならないように進行方向に向かって1番後ろの座席を駅員に頼んだ筈なのに、いざ乗ってみると何故か切符に表示されている座席は1番前にあった。結局、置く場所がなくなったマシンとともに3時間半ずっとデッキに立っていた。思えばこの旅の向かい風はこの時点で吹き始めていたのだ。

 

新青森駅で新幹線を降りた僕は生まれて初めて東北の空気を吸った。違いなんて分からないけど。コンビニの店員さんの言葉で遠く離れた土地に来た事をようやく実感した。慣れた手つきで自転車を組み立て予めヤマト運輸の営業所に送っておいた荷物を受け取りに行った。リアホイールにキャリアを取り付けパニアバッグとテントを積んだらいよいよ出発の時。僕は国道7号線に立ち、南を見つめる。この道の遥か先に山口県下関市が待ち構えているなんて想像もできない。

 

トゥルーマン・ショー」という映画を思い出した。

生まれた時からシーランドという離島を出たことがなく、平凡な暮らしを送っていたトゥルーマンはある事がきっかけでこの世界と自分の生活が虚構なのではないかという疑問を抱く。彼の疑いは正しく、シーランドという島はいたる所に隠しカメラが設置されている大きなドーム状のスタジオで、周りの全ての人間が演技をしている作られた世界だったのだ。生まれてから現在までトゥルーマンの生活は壮大なノンフィクション番組として全世界に放映されていた。

 

もしもこの道が陸続きじゃなかったら…

 

あり得ない話だけれど、そんな事を考えると心は高揚してペダルを漕ぐスピードは自然と上がる。

 

見てきたものや聞いたこと 今まで覚えた全部

でたらめだったら面白い そんな気持ち分かるでしょう

 

気づけばこの一節を叫ぶように歌っていた。サドルに跨がれば僕はこの旅の主人公となり、あとは全員エキストラ。誰の目も気にならないし、道路上で優先されるべきはこの僕である。

 

夜に入った弘前のサウナ流れていたテレビでは、愛は地球を救うという名目のもと芸人がみんなに応援されながらトライアスロンをしている映像が流れていた。必要な荷物以外を背負って走るのは大変だろう。こっちは気楽でいいやと思った。